路傍の晶
らーめん からしや 世古さん
三重県は伊勢志摩が生まれ故郷である。風光明媚なこの地は言わずと知れた景勝地で、おまけに近海で獲れる新鮮な魚介も美味い。観光客は豊かな自然と旬の味覚、くわえて古来より遺された歴史を求めて訪れる。行楽シーズンともなれば、エリア内の人口が数倍に膨れ上がるほどだ。それだけ他県からたくさんの人々が足を運ぶ土地なのである。
世古さんは生まれてからおよそ40年のあいだ、この地を出たことがなかった。学び舎を卒業してからは親戚の縁ですぐに船乗りとなり、カーフェリーの仕事に従事した。
ところで、地元では船員を指して「無精たれ」と言うそうだ。この言葉は怠け者を意味し、すなわち船乗りは海に出れば何もしない、ということらしい。実際、彼らの役目は車や人を運ぶことであって、積み下ろしさえ済ませれば移動中はとり立ててやるべき仕事もない。本を読んだりコーヒーを淹れたりと、船員たちは皆な思い思いの時間を船上で過ごすのである。
「むかしから料理が好きでしたね」船上の日々を振り返りつつ、世古さんは語る。
「いずれは何かしら自分の店を持ちたいと思っていました。土地柄、魚料理は得意でしたが、学生のころからラーメンが好きでね。よく先輩に地元の屋台へ連れて行ってもらったものです。それでラーメン屋をやりたいなあと思っていたら、ひょんなきっかけでいまの社長の知り合いの方と出会って、この世界に入りました」
不惑を手前に船を下りた彼は、こうして生まれ故郷を飛び出し、ラーメンの修行を一から始めることになる。初めて上京したのは40歳のときだ。首都圏やベッドタウンに構える店で腕を磨いた。下積みで培った経験を見込まれ、晴れて「からしや」の店長に抜擢されたのは2005年12月のことである。
こだわりはすべての料理に通ずるダシ、そして人気メニューの「炙りチャーシュー」である。
「ダシには鯖や鰹、昆布などを使っています。上品なダシなら飽きがこない。ですから魚を捌く経験を活かして、生臭くならないように気を遣っています。炙りチャーシューもご好評を頂いていますが、今後さらに質を追求していきたいですね」
こだわりの味に、街道沿いの店の客足は途絶えない。だがそれでも、店長に満足はない。
「学ぶことはまだまだたくさんあります。もっと美味しいものが作れるんじゃないかと思うし、できるだけ多くのお客さんに来てほしいですから」
つねに理想を見据えて舵を取っている。開店しておよそ2年、世古さんの新たな航海はまだ始まったばかりだ。
取材・文◎隈元大吾
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