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無駄かどうかは君次第!「無駄になる」のではなく「無駄にする」のです!

葛西TKKアカデミー

今日は生徒がよく口にする「無駄」について議論をしたいと思います。
多くの保護者の方も経験あると思いますが、勉強しない子供が「なんてやっても無駄」と言って勉強しない理由とすることがあります。
この時、皆さんはどのような対応をなさっていますか。
まともに正面から受け止めてはケンカになりますし、勉強しなければならないのになかなかやろうとしない子供に対してイライラするのは親御さん自身のためにも生徒自身のためにもよくありません。

そもそも「無駄」とは何なのでしょうか。
いろいろと考えてみましょう。



勉強は「無駄」なのか
「無駄」とは何なのでしょうか。
辞書を引くと「役に立たないこと、効果がないこと、やっただけのかいのないこと」などと書かれています。
生徒が使うときには特に、「やっても意味のないこと、やってもやらなくても変わらないこと」のニュアンスで言うことが多いでしょう。
恐らく「自分は勉強してもできないから、勉強しようとしまいと何も変わらない。変わらないなら勉強しても意味がないし何の役にも立たない」という主張なのでしょう。

では、勉強は本当に「役に立たないこと、やっても意味のないこと、やってもやらなくても変わらないこと」なのでしょうか。
無駄の意味はそうだとしても、果たして「勉強=無駄」なのでしょうか。

そもそも世の中の物事に「無駄」はあるのでしょうか。
世界に存在する全てのものに「無駄」だとか「無駄でない」ということはありません。
全てのものは、そんなこととは無関係にそこに存在しているだけです。
それを人間が自分たちの役に立つかどうかなと吟味して、「無駄」だとかそうでないとかに分類しているだけなのです。

従って、勉強も同じくそれが「無駄」かどうかは、その人が「無駄」と判断すれば「無駄」ですし、「そうでない」と判断すればそうではなくなるのです。
これが重要な点ですが、「勉強は無駄」と言っていますが勉強そのものは無駄でも何でもなく、勉強について語る人が勝手にレッテルを貼っているだけというのが真実なのです。

まとめると、勉強そのものは無駄でも何でもなく、ただ勉強を捉えた人が「無駄」と考えれば無駄になるということ。
逆に言うと、その人が「無駄」と思わなければ、勉強は決して「無駄」にはならないのです。
だから、勉強を無駄と言っている生徒は自分がそう決めつけているだけで、それを実証する裏付けはないのです。

「無駄」なるのではなく、自分が「無駄」にするのだ
上記のことから、「無駄」は元からあるものではなく、人間がそのように思い込んでいるだけということが分かります。
だとすれば、「無駄になった」というセリフはつじつまが合わない言葉だということが分かります。
「なった」というとそのものが自然にそうなったように感じられますが、実際は人間がそのものに「無駄」の烙印を押しただけで、人間がそのものを「無駄にした」という方が正しい表現になります。

全ての物事はただそこに意味もなくあるのです。
しかし、人間は意味とは無関係なものの中に「意味」を見出してきました。
時には強引で無理やりに、時には客観的で科学的合理的に。
このような営みがあったからこそ文化や文明が発達し、他の動物にない高度な社会を築き上げました。
これこそが人間の人間たる所以とも言え、「意味」を見出す努力を諦めたとき、人は人間としての価値を大きく損なうことになるでしょう。

だから、「勉強は無駄」と言って、勉強の意味を見出す努力を放棄し、勉強という試練から逃避する生徒は、その後の人生においても挑戦せず逃げ回って自身を高めることができなくなります。
「勉強は無駄」と何気なく口にしますが、その結末がどうなるか真剣に考え言葉の重大さに気づいてほしいです。

また、「成功」だけが意味あると考える人も少なくないですが、それも正しくはありません。
「失敗」やそれ以外の物事も、それを今後の人生に役立てようとすれば、その全てから意味を見出し教訓を得ることができます。
そうすると順風満帆の人生より逆風で苦労の多い人生の方が、実は豊かな人間になれるとも考えられます。
つまり、本人の心がけ次第で全てのものは「無駄」ではなくなるのです。

ところが、あらゆるものを「無駄」として切り捨ててしまえば何も残りません。
そうでなく、そこから意味を見つけ今後に活用すれば、これは立派に有意義なものとなり、「無駄」ではなくなります。
つまり、「無駄」は自分が作り出しているものなので、勉強も自分次第で「無駄なもの」にも「無駄でないもの」にもできるのです。

無駄だから勉強しない?
もう一つ、勉強をしない理由と「無駄」として正当化する論の問題点は、「無駄→勉強しなくていい」という
理屈にはつながらないという点です。
これまで見てきたように「勉強=無駄」という論法は必ずしも成立しません。

また、「無駄」なことはしてはいけないという決まりはありません。
むしろ、世の中の有意義なことや新発見には一見「無駄」と思えることから生まれることがよくあります。
先ほど述べたように、「無駄」の中に意味や意義を見つけられるかが人間の技量となるのです。

だから、「無駄」という理由で勉強をしないことは必ずしも正当化できないのです。
ましてや、その根拠となる「無駄」も流動的で本人の心がけ次第でいかようにも変わるのであれば、「無駄だから勉強しない」という考え方は説得力に欠けるものとなります。

そもそも、ここで生徒が使う「無駄」とは勉強しない言い訳を目的としているので、本気で勉強の価値判断を考えている訳ではなく、勉強したくない気持ちに勝てない自分を慰め、勉強から逃げる弱い自分を受け入れてほしいという心の表れなのです。

そうであるならば、「勉強=無駄」の論争の本質、焦点は勉強が無駄かどうかではなく別のところにあるのです。
自分に勝てない生徒の弱い心については、また別の機会で議論したいと考えております。
勉強はやらなくてはいつまで経ってもできるようになるわけでなく、勉強を「最初からできなければ自分には無理」考えるのは自分に対するおごりであり、努力に対する怠慢とも謂えるでしょう。
「無駄」を勉強しない理由にするのは少し無理がある気がします。



人間は成長することが大きな強みであり、勉強も積み重ねていくうちにできるようになるものです。
指導する者としては、「つべこべ考えずにやればいい」と言いたいところです。
ああだこうだ言っている間にやればできるようになるものです。
できないのは言い訳ばかり考えてやらないから、勉強ができないことを恐れ、最初の一歩を踏み出す勇気がないからです。

実際に勉強が分からないと言って多くの生徒が訪れてきますが、多くの場合、できない生徒というのは頭が悪く知能が低いわけではありません。
理解力もありますし、きちんと学び、言われたことをちゃんとやればすぐにできるようになります。
しかし問題は心であり、勉強に対する恐れを取り除き、指導し支える私を信頼し、勇気を持って勉強に向き合えるようにすることが実は一番苦心するところであります。

これまで多くの生徒を見てきましたが、勉強嫌いの生徒も多くいます。
でも、彼らがそうなったのにはそれなりの理由があり、頭ごなしに否定して勉強を強要するのでは得策ではありません。
反って、勉強嫌いを悪化させるだけです。
そうではなく、彼らの立場に立ってその翻弄されてきた経緯を理解し、おびえた心を支えて勉強と向き合う勇気を与えることが、本当は勉強をできるようにさせてあげる最善策の一つであろうと考えています。

少々道がそれましたが、勉強は決して無駄ではありませんし、それを理由に勉強しないことを正当化する必要もありません。
自分がそう信じ込んでいるだけで、考え方を変えれば勉強など恐れるに足らず、ほんの少しの勇気を持って向き合えば、必ず生徒の皆さんにいろいろな意味で報いてくれます。

手助けが必要ならばいつでも手伝いますから、逃げることなく前向きに頑張っていきましょう。


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