都内の学校の二学期の始業式は今年は9月2日が多いです。
二学期の初日と言うのは統計上、一年の中で生徒たちの自殺が飛びぬけて多い日です。
だから、今年は9月2日が要注意日なのですが、もし学校に行くことに悩み自殺を考えている生徒がいるなら言いたいです。
命を絶つほどなら学校はとりあえず行かなくてもいい。学校よりも君の命の方が重い。勉強なら私がいくらでも見てあげるから心配しなくてもいい。とにかく生きて一緒に考えよう。







一学期、いじめや勉強へのプレッシャーから学校に行くのがつらくなる。
でも、夏休み中は学校というしがらみがなくなって行かなくてもいいので、学校の苦しみから解放され心が休まる。
しかし、また学校が始まり行かなくてはならなくなると思うと心が苦しくなる。
そうして二学期の始業式及びその前後に、その苦しさに耐えられず、逃げ場もなくて自殺することが多いようです。
だから、「無理して学校に行かなくてもいいから、命を大切に。」とこの時期メディアでも盛んに言われています。
葛西TKKアカデミーでも、いじめの話もよく聞きます。
何でそんなことをするのかと思います。
いじめは今に始まったことではありません。
私が彼らと同じくらいのときもやはりいじめの問題がありました。
それが未だに解決できないのだから、これまでのやり方ではだめなのでしょう。
いずれにしても、いじめる生徒は問題ですが、SNSなどの現代特有の環境がよりいじめを強固なものにしている場合もあります。
この点に関しては大人も未経験の事態なのでどうしていいか分からず戸惑います。
いじめをする生徒と同じく学校の対応も問題
生徒の話を聞くと何でそんなことするのかと思うことがよくあります。
ちょっと考えればもっと適切は対応はあると思えることが多いです。
先生がいじめをひどくしている場合もあります。
しかも、傷ついた生徒は学校に対して信用を失っています。
それなのに学校でしか対応の場がないことも問題です。
学校の形式的で柔軟性のないやり方では、今苦しんでいる生徒に十分答えられないのも事実です。
いじめに限らず、成績や家庭環境など、子供たちを取り巻く問題は深刻です。
今の学校教育という制度はもう限界にきていると思います。
もっと教育の幅を広げ、あらゆる事態に対応できるようにしなければなりません。
それは公教育という枠組みに縛られないものも含みなす。
なぜなら、先ほど述べたように学校というしがらみが生徒を余計に苦しめ逃げ場を閉ざし、命を絶つという結末をもたらしているからです。
さらに、自殺した生徒の後ろに、自殺しないまでも苦しんでいる生徒がいることも忘れてはいけません。
自殺しないからいい、表に出てこないから無視していいという訳ではないのです。
これらの悲劇をなくし、もっと生徒たちに生きる喜びと希望が持てるようにしてあげたい。
葛西TKKアカデミーはそんな生徒たちの居場所となり、彼らを全力で支えたいと考えています。
思春期の子供は多感で純粋、しかし経験や知恵が不足しているので必要以上に事態を大きく受け取ってしまいます。
そして今しか見えず、遠い将来なんて想像もつかない。
問題の出口が見つからずどんどん自分を追い詰めてしまう。
その過程で子供はたくさんのSOSを出しているのだが、周りの人間は正しく読み取ってくれない。
いろいろな苦しみの壁にぶち当たり、ある時ついに限界がきて自殺してしまう。
これは悲しすぎる。
とにかく生きて。
生きていればだんだん知恵もつき要領もよくなり、よい意味でずる賢くなる。
実は学校は特殊な環境で、これが一生続くのではないと分かる。
そして大人になったとき、あの時思いとどまってよかったと思えることもあるでしょう。
ただ、それまでは苦しいと思います。
辛いでしょう。
だからこそ、葛西TKKアカデミーは子供たちに寄り添い、彼らと真剣に正面から接したいです。
近くに分かってもらえる人がいると思えるだけで子供たちの救いになれます。
逆に適当な対応をすれば子供たちにも分かります。
苦しんでいる子供たちの居場所になりたい。
若い命を救えればと常々考えます。



















