下町酒場はしご酒~江戸川のディープな居酒屋巡り
今夜は居酒屋へ行こう
秋刀魚で一献
平井の居酒屋「愛徳」へ入り暖簾をくぐると、女将が顔をほころばせて「いらっしゃい」と迎えてくれた。そのひと言だけで、今夜の酒はもう半分うまい。
席を詰めてもらい小さな卓につく。さて、今夜は急ぐことなくゆっくり酒を楽しむことにしよう。
品書きを眺めると「――さんま」の三文字が目に留まり、迷うことなく「さんまを一本」とお願いした。
家では毎年のように食べている魚だが不思議なもので外で頼むことは案外少なく、けれど居酒屋で焼く秋刀魚には家とはまた違う味わいがある。炭火の煙をまとい、皮はこんがりと色づき、脂はじゅうじゅうと音を立てる。
店は満席で、主人は焼き場と客席を忙しく行き来しながらもどこか嬉しそうな顔をしている。馴染みの客が次々と暖簾をくぐり、そのたびに声を掛け合う姿を見ていると、店というものは人で育つものであり、その賑わいもまた酒の肴なのだと感じ入る。
やがて「お待たせしました」と焼きたての秋刀魚が運ばれてきた。
まず腹のあたりを箸でほぐし、脂がのった身とほろ苦いわたを一緒に口へ運ぶ。焦げた皮の香ばしさ、わたの苦味、そしてその奥から滲む脂の甘みという取り合わせが何とも言えず素晴らしい。目黒の殿様が秋刀魚を所望したという噺もなるほどとうなずけ、秋刀魚ほど庶民に親しまれ、庶民であることを嬉しく思わせてくれる魚はそう多くないはずだ。
子どもの頃、母が家の前へ七輪を出して秋刀魚を焼き始めると、夕暮れの町いっぱいに煙が流れたものだった。あの匂いが漂ってくるだけで「もうすぐ夕飯だ」と心が温かくなった記憶まで、秋刀魚には焼き込まれている。
ふと小津安二郎の『秋刀魚の味』を思い起こし、なぜあの映画にその名をつけたのか、年を重ねるほどになんとなくわかる気がしてきた。秋刀魚は単なる秋の味覚であるだけでなく、過ぎてゆく季節や人の暮らしまで思い出させる魚なのであろう。
秋になると海の幸も山の幸も店先に並び、酒もうまくなる。居酒屋は、ゆっくりと盃を重ねるにはいちばんよい季節を迎えるのだ。
今夜は秋刀魚を肴に一献。それだけで、秋をひとついただいた気がした。

↑秋はさんま

↑秋は燗酒

↑秋の女のはしご酒
| 店名 | 愛徳 |
| 住所 | 東京都江戸川区平井3-24-21 ココヒルズ 1F |
| 営業時間 | 16:00 - 00:00 |
| 定休日 | 不定休 |
| 連絡先 | 080-6784-1970 |
| 関連サイト | なし |
| 取材日 | 2026年 |

◆この記事を書いたひと
酒場ライター:居酒屋伝道師・池波和彦
東京生まれ東京育ち。酒場巡りを趣味とし、北は北海道の離島から南は沖縄の離島まで新規10000軒以上の店を巡りブログ「日本の酒場をゆく」を執筆。毎夜全国の居酒屋やバーにて神出鬼没の酒戦の日々を過ごす痛飲派。
ブログ「日本の酒場をゆく」↓
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。
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