下町酒場はしご酒~江戸川のディープな居酒屋巡り
ビールの話
ビールこそ、わが命である。
その日の酒の口開けがビールでなかったことは、一度としてない。名のある旅館や洒落た店では、食前酒と称して梅酒やらシャンパンやらを出してくることがあるが、あんなものには手をつけない。こちらは、その日最初のビールを飲む瞬間を生き甲斐にしている。そこへ至るまでに、どうでもいい一杯で喉を湿らせるなど言語道断である。
どうぞお先に、などと勧められると、結構です、まずはビールを持ってきていただきたい、と言いたくなる。器の小さな話ではあるが、こういうところに人の本気は出る。
ビールは、注ぎ方ひとつで味が変わる。
缶でも瓶でもいい。グラスに向け、できるだけ細い一筋で落とし込む。注ぎながら次第に手を上げ、流れを高くする。大事なのは、その線をぶらさぬことだ。揺れれば酒も揺れる。注ぎ口の定まらぬ者に、うまい一杯はつくれない。少し大げさに言えば、精神のありようがそのまま泡に出る。
勢いよく落ちたビールは、グラスの中で白い泡をむくむくと起こす。
その泡が縁を越えそうになったところで、ぴたりと止める。この時分は、泡が八で酒が二くらい。それでいい。いったん瓶を置き、待つ。泡が落ち着き、中の液面が上がって、四と六ほどになったころ合いで、今度はグラスの縁に沿わせ、内側をなでるようにそっと注ぎ足す。時間を置いて締まった泡は、こんもりと身を保ったまま持ち上がり、きれいに盛り上がる。泡が三、酒が七。飲み頃はそこである。
何をしているのかと言えば、要するに、ビールを仕上げているのである。
ビールは炭酸が立ってこそ、香りも味も輪郭を現す。最初のひと注ぎでそれを引き出し、あとのひと注ぎで泡に蓋の役をさせる。逃がさず、立たせる。そのひと手間で一杯は見違える。
ビールは、注いでうまくする酒だ。
さあ飲むぞとなったら、もうためらいはいらない。泡に鼻先を入れ、その下からぐいとあおる。喉を鳴らして飲み干し、ひと息ついて、ただ、ああと言う。うまいものの前では、理屈は最後に退く。
飲み終えたグラスに残る泡を見れば、その人がどれほどビールをわかっているか、だいたい知れる。
口では何とでも言えるが、最後にはグラスの内側が物を言うのである。
↑熱狂的なファンを持つサッポロラガー、通称赤星
↑最近見かけるキリン晴れ風
↑居酒屋で一番多いのがアサヒスーパードライ
↑比較的珍しいサントリービール

◆この記事を書いたひと
酒場ライター:居酒屋伝道師・池波和彦
東京生まれ東京育ち。酒場巡りを趣味とし、北は北海道の離島から南は沖縄の離島まで新規9000軒以上の店を巡りブログ「日本の酒場をゆく」を執筆。毎夜全国の居酒屋やバーにて神出鬼没の酒戦の日々を過ごす痛飲派。
ブログ「日本の酒場をゆく」↓
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